ぶったかとおもうと、日本アルプスの山々は、回帰線でもあるかのように、雲の中を一筋に放射してゆく、谷より立つ白雲と、氷を削ったような銀色の雲が、もくもくと大空にふさがり合い、その鍔《つば》が朱黄色に染まって、雲が柘榴《ざくろ》のように裂け、大噴火山のように赤くなった、その前に立った日本北アルプスの峰々は、猩紅《しょうこう》色や、金粉を塗った円頂閣となり、色彩の豊麗な宝石を鏤《ちり》ばめた、三角の屋根となった。
 見る見るその雲の大隆起の下には、火の川が一筋流れ、余光が天上の雲に反照して、篝火《かがりび》が燃えたようになった。
 油紙の天幕には、チロチロと漣《さざなみ》の刻むような光りがする、岩石の間に、先刻捨てた尻拭き紙までが、真赤にメラメラと燃えている、この窪地一帯に散乱する岩石の切れ屑は、柔らかく圭角《けいかく》を円められて、赤い天鵝絨《ビロード》色が潮《さ》しはじめた。
 今まで見たこともない、荘厳をきわめた、日本アルプスの夕日!

    谷

 夕焼の凶徴はあった。
 夜中からは、ざんざ降りで、尾根伝いの笠ヶ岳登りを見合せて、蒲田谷へ下りるより、外にしようはなかった。
 峰の上
前へ 次へ
全79ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング