、加賀の白山は、いつもの冷たい藍色に冴えて、雪の縞が、むしろ植物性の白い色をおもわせる。
 白山から南に、飛騨の山脈が、雪の中に溶けている、北は鎌尾根から、山勢やや高くなって、蓮華岳の、篦《へら》で捏《こ》ねたような万年雪の蝕《むし》ばみが、鉛色に冷たく光っている、それから遥かに、雪とも水平線ともつかぬうすい線が、銀色に空を一文字に引いている、露営地にいると、わずか二、三丁ばかり背後の槍ヶ岳も、兀々と散乱した石の小隆起に遮られて、見えないので、草履を引っかけて出て見る。
 いま夕日は赤く照り返しをはじめて、槍ヶ岳の山稜は、赤い煙硝を燃やしたようにボーッとなった、岳から壊《くず》れ落ちた岩石には、ちょろちょろと陽炎《かげろう》が立っている、天幕のうしろの雪は、結晶形に見るようなつや[#「つや」に傍点]もなく、白紙のように、ざらついて、気味の悪いほど乾いている、足許の黄花石楠花が、焔の切れっ端のように燃え出した、「はあれ、きれいな御光だ」と感嘆している嘉門次の顔も、赤鬼のように赤くなっている。
 夕日は蓮華岳の頭から、左へ廻って、樺色の雲に胴切りにされ、上半分は櫛のようになって、赤銅色に燻
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