目のように引き擦っている、足は何の感覚もなく、小石原や、青草の敷きものの上を辷っている、次第にはびこる霧の中から、常念岳の頭だけが出ているのを見ながら、三つ四つ小隆起を超える、東側には絶えず雪田が、谷へ向いて白い布を晒《さら》している。
 槍ヶ岳はいよいよ近く、小槍ヶ岳を先手として、間の「槍の大喰岳」を挟んでいる、小槍ヶ岳の岩石は、鼠色にぼけて、ツガザクラの寸青を点じている、遠くで見たときと違って、輪廓が雄大に刻まれている、そうして中腹には雪田が、涎懸《よだれか》けのように石を喰い欠いて、堆く盛り上っている、その雪田の下の方を、半分以上廻り途して、頂上へと達した。
 そこからまた下りになって、尾根へつづく、尾根の突角は屋根の瓦のように、平板に剥《は》げた岩石が、散乱している、嘉代吉は偃松の下で、破れ卵子《たまご》を見つけ、足の指先で雷鳥の卵子だと教えてくれた、この尾根の突角で、深い谷を瞰下しながら、腹這いになり、偃松の枝にのしかかって、頬杖をついて休んだ、空は冴えかえって、額をジリジリ焼くような、紫をふくんだ菫色の光線が、雨のように一杯に満ちている、そうして細い針金のように、ふるえなが
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