岳や、燕《つばくろ》岳が見えはじめたが、野口の五郎岳あたりから北は、雪に截ち切られている、脚の下を、岩燕が飛んでいる。
 この大岩壁を超えると、うって変った小石の多い、ツガザクラでふっくらとした原となって、偃松が疎《まば》らに平ったく寝ている、白山一華の白花が、ちらほら明るく咲いている、霧が谷の方から長い裾を引いて、来たとおもうと、雷鳥が邪気《あどけ》ない顔をして、ちょこちょこと子供のように歩んで来た、ここに、こわい叔父さんたちがいるよと、言って笑った。
 間もなく南岳の三角測量標に着いた、岳という名はつけられたものの、緩やかな高原の一部で、測量標の東面からかけて、谷に向いて、一丈あまりもあろうとおもう高い残雪が、天幕でも張ったように、盛り上っている。
 ともかく岩壁を這いずったり、攀《よ》じ上ったりすることは、これからはないと言われたので、急に頭も、手も、足も、解放されたような気になった、もう頭と手足とは、別の仕事をしても、大した差支えはなくなったので、頭では西洋料理が喰べたいなと思っている、青い色や赤い彩の、電燈の下で人いきれのする市街も、悪くはないなと思っている、手は金剛杖をお役
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