蛛《くも》の巣までが、埃を荷《にな》って太くなっている、立場つづきの人家は、丈は低いが、檜や椹《さわら》の厚板で、屋根を葺いて、その上に石コロを載せている、松林の間から、北の方に、藍※[#「靜のへん+定」、第4水準2−91−94]《らんてん》色に冴えかえったアルプスの山々を見ると、深沈とした空の碧さと冷たさが、頭脳の中までしん[#「しん」に傍点]と透き通る、雪袴を着けて、檜木笠を冠った女たちが、暑い日盛りを、林の中で働いている、林を出切ると、もう梓川に沿って、山の狭い懐中へと、馬車は揺られながら、入って行くので、間もなく、アルプスの駅路《うまやじ》に突き当りそうなものだという感じを、誰にも抱かせる。

       三

 馬車は新淵橋を渡った、車中の客は、川沿いの高い崖に、丈が達《とど》くまでに枝をのしあっている老楊を、窓から延び上って見た、楊の葉にも幹にも灰がべったりとこびりついて、皺《しわ》だらけの顔に化粧をした白粉《おしろい》が、剥げてむら[#「むら」に傍点]になったようで、焼岳という嫉みぶかい女性の、待女が繊細《かぼそ》い手を出して、河原に立ちながら、旅客を冥府の谷底に招き寄
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