た、あたりに暗い影がさした、この魚の骨のように尖った山稜で、雨になられたらとおもうと、水を浴びたように慄《ぞっ》となる、霧がたためく間に灰色をして、岩壁を封じてしまう、その底から嘉代吉の鉈《なた》が晃々と閃めいて、斜めに涎掛《よだれか》けのように張りわたした雪田は、サクサクと削られる、雪の固い粒は梨の肉のような白い片々となって、汁でも迸《ほとばし》りそうに、あたりに散らばる、鉈の穿《うが》った痕の雪道を、足溜まりにして、渡った。
屏風岳は、近く眼前に立て廻され、遥かに高く常念岳は、赭《あか》っちゃけた山骨に、偃松の緑を捏《こ》ね合せて、峻厳なる三角塔につぼんで、東《ひんがし》の天に参している、その迂廻した峰つづきの、赤沢岳の裏地は、珊瑚《さんご》のように赤染めになっている、振りかえれば、今しがた綱を力に踰《こ》えた峻壁の頭は、棹のように霧をつん裂いている、奥穂高につづく尾根は絶高なる槍の尖りを立てて、霧に圧し伏せられる下から、頭を抜き出している、そのうちに偃松が深くなって、尾根が行かれないため、谷へ下りる、もう日が少し高くなったので、雪田の下からは、水がつぶやいて流れている、その溜り
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