の絶壁が飛騨側から信州側に移ったとき、垂直線を引き落した、駭《おどろ》くべき壮大なる石の屏風がそそり立って、側面の岩石は亀甲形に分裂し、背は庖刀《ほうちょう》の如く薄く、岩と岩とは鋭く截ち割られて、しかも手をかけると、虫歯の洞《うろ》のようにポロポロと欠けるので、石とも土ともつかなくなっている、手をかけても、危くないように、揺り動かしては、うわべの腐蝕したところを欠く、欠けば欠くほど、ざわざわと屑の石が鳴りはためいて、谷々へ反響する、霧は白くかたまって、むくむくと空を目がけて※[#「風にょう+昜」、第3水準1−94−7]《あが》って来る、準備の麻の綱を出して、私の胴を縛りつけ、嘉代吉に先へ登って、綱を引いてもらって、岩壁にしがみつきながら、登ったが、さて飛騨から信州側に下りようとしたら、岩の段が崩壊して、どうにもこうにも、ならない、中で頑畳らしい岩を挟んで、A字形に嘉代吉に綱を引いてもらい、それにすがって、少しく下りて、偃松の枝に捉まって、涸谷を眼下に瞰下《みおろ》すようになったが、ここにも大きな残雪があったので、雪と岩片を綯《な》い交《ま》ぜに渡った。
 大きな霧が、忍び音に寄せて来
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