て、大輪の朝顔のような、冴えた藍色が匂やかである。
 尾根の頂上へ出たときは、大斜線の岩壁が、深谷へ引き落されて、低くなったかとおもうと、また兀々《ごつごつ》とした石の筋骨が、投げ上げられて、空という空を突き抜いている、そうして深秘な碧色の大空に、粗鉱《あらがね》を幅広に叩き出したような岩石の軌道が、まっしぐらに走っている。
 日本北アルプスの頂点は、てんでんばらばらに、この大軌道が四方へ放射しているところに、尖り出ているのであるが、その中でも穂高岳から槍ヶ岳へとつづく岩石の軌道は、堅硬に引き締まって、いつも重たい水蒸気に洗われ、冷たい氷雪に磨かれながら、黒光りに光っているのである、この上に立ったとき、私はただもう張り詰めた心になって、金剛杖を取り直した、タケスズメが三羽、絶壁から絶壁を縫うようにして飛んだ、ありゃあ、ここいらじゃあ、スバコと言うだが、随分高いところを飛ぶなあ、と嘉代吉と人夫が、話し合っている、影は見えないが、壁の下から笛の音をポツポツ切って投げつけたような肉声が、音波短かく耳に入る。
 槍ヶ岳が一穂の尖先《きっさき》を天に向けて立っている、白山が殆んど全容をあらわして
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