さく動いている人々を見下している、私は振り返って奥穂高を仰いでいたが、その冷たい瞳に射すくめられて、身顫《みぶる》いした。
 前の峰からは、大残雪が横尾の谷へと白く走っている、御幣岳からずり下りに、梓川の方へと立て廻わす大岩壁は、屏風岩とも、仙人岩とも言うそうで、削ったようなのが、大手をひろげて立ち塞《ふさ》がっている、東の空にピラミッド形をしてそそり立っているのは、常念岳らしい。
 石小舎の前には、樺や偃松が、少しは生えて、生々しい緑が捨てられている、谷底一杯は石の破片で埋まっていると言って、いいくらいで、白壁のような残雪が、崖の腹からくずれかかってその破れ石の上を、継ぎ剥ぎに縫っている。
 朝飯が炊けると、嘉代吉はお初穂を取って押しいただいた、山の神さまへ捧げるのだという、私も人夫も、それを四、五粒ずつ分けてもらって、同じように押し頂いて喰べた、奥穂高はと見ると、もういつの間にか、霧がかかった、きょうもまた雨の糸で縫いこめられる象徴《シムボル》のように。
 雪田を峰へかけて、登りはじめる、尾根へ近くかかるとき、富士山や、八ヶ岳や、立科《たてしな》山の、悠《ゆ》ったりと緩やかな傾斜が
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