と啼いている、どす黒い綿雲がちぎれて、虚空をボツボツ飛んでゆく間から、三日月が燻《い》ぶし銀のように、冷たく光っている、嘉代吉や人夫の寝顔までが、月のうす明りで、芋虫のうす皮のように、透き徹って見える、崖の方を見ると、雲の絶え間から、万年雪が玻璃《はり》の欠片のように白く光って、水の色は、鈍く扁平にひからびている、私は穴蔵へでも引き入れられるような気になって、また石小舎へ戻った、光を怖れる土竜《もぐら》が、地の底へもぐりこむように。

    穂高岳より槍ヶ岳へ

 石小舎の前には、きのうの夕まで、霧や雨で見えなかった御幣岳が、しっとりとした朝の空気に、ビショ濡れになって立っている、一体に粗い布目を置いたように、破れ傷のある岩石は、尾根から尾根へと波をうって、いかにも痙攣《けいれん》的に、吊り上げられたように、虚空を悶《もだ》いている、疲れてまといつくような水蒸気のかたまりが、べっとりと岩を包もうとするのを、峰は寄せつけもせず、鋭く尖った歯を剥《む》き出して、冷やかに笑っている、小舎のうしろには昨日超えた奥穂高が原始の墳墓のように、黒い衣を被《かぶ》って、僧形に立ちはだかって、谷底に小
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