振った、胸が重石で圧されたように痛い、雪田を下りかけた人夫は杖を突っかいながら、呆気《あっけ》に取られた顔をしている。
 しばらくは嘉代吉の肩に凭《よ》りかかりながら、徐々《そろそろ》と雪田を下った、裾の方へ来ると、水音が雨に伴って、ざわつき出した、くるぶし[#「くるぶし」に傍点]を痛めたので、跛足をひきながら、石の小舎へ来た。
 石は人の手入れを経ない、全くの自然石で、不思議にも中はおのずと、コ字形に刳ぐられていて、濶さは一坪半ぐらいはあろう、四人ぐらいは潜《もぐ》れそうであるが、うっかり立てば頭を打ちつけるほどに低い。嘉代吉と人夫が荷を卸して、油紙で庇を拵えてくれるのを、待ち兼ねて、石の中へ潜って寝た、雨はざんざ降りになって、庇から岩を伝わっては、ポタポタ雫《しずく》が落ちる、防水布の外套に包まれて、ココアを一杯興奮剤に飲んだまま、飯も喰わずにたわいもなく痲痺したようになって寝た。
 夜中にふと眼をさまして、石の外へ這《は》い出して覗《うかが》うと、雨はいつか止んだらしいが、風はゴーッと唸って、樺の稚木《わかぎ》が騒いでいる、聞きなれない禽《とり》が、吐き出すように、クワッ、クワッ
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