ず》れ落ちている、谷の水音が雨の音に交ってザアザアと聞える、こんなところじゃあなかったと、嘉代吉は考えていたが、少し戻り気味に岩石の盛り上った堤防を越して、大雪田の頭に出た、陸地測量部員が、去年泊まった跡だとかいう、石を均《な》らして平坦にしたところがあって、燃え残りの偃松が、半分炭になって、散らばっていたが、木材は求められなかった。
 その直ぐ下から、大きな雪田が、峻急の傾斜をして、谷へズリ落ちている、雪田の末は、石がゴロゴロしていて、その中に四角な黒檀の机でも、据えたような、大石がある、形がおもしろく目立つので、今まで霧の隙き間から、山稜伝いに眼の下に、眺めていたものだ、それが石の小舎で、今夜はあの石の中に、潜り込むのだと聞いた。
 私は雪田の縁辺の断石を履《ふ》んで、下りかけたが、いかにもまだるッこいので、雪を横に切って斜に下りようとした、雪のおもては、焼岳の灰がばらついて、胡麻塩色になっている、雪は中垂るみの形で、岩壁をグイと刳ぐり、涸谷《からたに》に向いて、扇面のように裾をひろげている、その末はミヤマナナカマドの緑木が、斑《まだ》らに黒い岩の上に乗しかかって、夕暮の谷の空気に
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