のように、寂びを伴って、その石なだれの尖端は、まっしぐらに梓川の谷に走りこんでいる、地心から迸発《ほうはつ》させた岩石の大堆朶《だいたいだ》を元に還すために、傾け尽くされたような、断末魔の時節が、もう到来しているのではないかと思った。
 ともかくも三本槍の、一番手前の根もとに達した、それから中央の大身の槍を目懸けて、岩壁の喰い欠かれた大垂るみを走りながら、ようやく取りついた、霧は反古《ほご》を円《まる》めて捨てたように、足もとに散らばりはじめた、東の空に、どうしても忘れられない富士山が、清冷|凜烈《りんれつ》なる高層の空気に、よくも溶けないとおもわれるような、しなやかな線を、八字状に、蛋白色の空に引き、軟かそうな碧の肌が、麗わしく泛《うか》び出た、やや遠くは八ヶ岳、近くは蝶ヶ岳が、雲の海に段々沈んでゆきそうだ。
 槍ヶ岳への岐《わか》れ路まで戻って来ると、人夫は親子連れの雷鳥を、石で撲《う》ち殺して、足を縛っているところであった、先刻首を引ッ込めたそれか知ら、とうとう助からなかったかなあと思う、逆さにして荷に括《くく》りつけられたのを見ると、眼は吊上って、赤い肉冠《とさか》は血汐が滲ん
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