だように気味悪く、鋭く尖《とが》った爪は、空を掻いて、雉《きじ》に似た褐色の羽の下から、腹へかけて白い羽毛が、もみくしゃに取り乱され、脚の和毛《にこげ》が菅糸のように、ふわふわ空に揺られている、可愛そうだと言った口で、今夜私も一緒になって、この肉を喰うのかなあと思う。
岩壁の大天井まで這い上ると、日輪は爛々として、頭上に高い、西の方乗鞍岳御嶽の大火山脈は紫紺の森と、白雪と、赭岩の三筋に塗られ、南の方木曾山脈は、鳶色の上著《うわぎ》に白雪の襟飾りをつけ、遥かに遠く赤石山系は、鼠がかった雲の中に沈没している、常念岳や、大天井岳は、谷一つの向いに近く、富士と八ヶ岳は、夢のように空に融けようとしている、北では鹿島鎗ヶ岳と、白馬岳を見たが、半分は雲に没して、そこから低く南走した山は、全く雲底に沈んでしまっている、雲と遠山の間の空は、うす気味の悪い蛋白色の透明で、虚無の中をどこまでも突きぬけている。
私のいう西穂高岳へ出ると、ここに、もとは三角測量標があったということであるが、今は奥穂高の方へ移されたので、石の断片ばかり磊々《らいらい》として、小さく堆《うずた》かくなっている、ここは槍ヶ岳へも
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