煤色をぼかしている。
「押し出し」の石崩れも登りつくした、灰を被むって黒く固まった万年雪は、杖も立たないので、人夫が先に立って、鉈《なた》で截《き》っては足がかりを拵《こしら》えた、柱のように斜に筋を入れた岩壁は、両側にそそり立って、黒い門をしつらえたようである、その頭は筆架のように分れて、無数の尖った岩石が、空を刺している、その薄ッペラの崖壁にも、信濃金梅《しなのきんばい》や、黒百合や、ミヤマオダマキや、白山一華《はくさんいちげ》の花が、刺繍をされた浮紋《うきもん》のように、美しく咲いている、偃松《はいまつ》などに捉まって、やっと登ったが、この二丁ばかりの峻直なる岩壁は、日本アルプスにも、比《たぐ》いの多からぬ嶮しさであった、そうして登りよりも降りの方が、なお怖ろしかろうと思われる。
鋸歯のような岳川岳から、ここ穂高岳に列なっている岩壁は、一波が動いて幾十の波が、互い違いに肩を寄せつけながら、大|畝《う》ねりに畝ねって、頭を尖らせ、裾をひろげて乱立するように、強い線で太い輪廓を劃した立体が、地球の心核を、無限の深さからつかみ上げてすっくと突っ立っているのである、そうして截っ立てた絶
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