しゃぶりながら、焼岳を見ると、半腹以上岩壁が赭っちゃけて、あらわれている、嘉代吉と人夫も、一と息つきながら焼岳の煙を見つめている、「いいねあの煙は」「どうも天気がやかましい」「どうしてね」「あの煙が、乗鞍の方へ寝ると案じはねえだが、飛騨の方へ吹きつけてるから、ちょっとやかましいわい」私は少し心配になって来た、「そこが風の吹き廻しで、解らないところだろうよ」「いんや、西へ吹くと、雨になるだあ、測候所より確かなものだ」という。
 焼岳の麓からは、灰の埃が濛々《もうもう》として、谷の白洲に大きな影をのたくらせながら、徳本峠を圧しかぶせるようにして、里の方へと下りてゆくのが、まだつづく、乗鞍岳の左肩に、御嶽は円錐形の傾斜を長く引いて、弱い紺色に日を含んだ萌黄色が、生暖かい靄のように漂っている、どこからか鶯が啼く、細くうすッぺらな、鋭利な刃物で、薄い空気の層を、つん裂いて、兀々《ごつごつ》とした硬い石壁に突きあたる。灰で塗られた雪田は、風の吹きつけた痕らしく、おもてに馬蹄形の紋をあらわしている、焼岳の右の肩から遠くの空へ、飛騨の白山つづきの山脈が、広重《ひろしげ》の錦絵によく見るような、古ぼけた
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