水がちょろちょろ走りはじめたので、もう雪が近いとおもわれた、梓川は寸線にちぢまり、焼岳は焼け爛《ただ》れた顔面を、半分見せたきりであるが、乗鞍岳はいよいよ高く、虚空を抜いて来た、岳川岳には殆んど雪がなく、白い筋が二、三本入っているだけだ、嘉代吉に言わせると、去年は雪の降り方が、少なかったからだそうだ、雪のないだけに、赭《あか》っぽく薙いだ「崩れ」が、荒々しく刳《え》ぐられて、岩石と一緒に押し流された細い白樺が、揉みくしゃに折られて、枝が散乱している。
この石の崩れを登っていると、石がキラキラと日光に削られて、眼鏡に照りかえす、「石いきれ」が顔にほてる、それでも「押し出し」が尽きて、右の方の草原へ切れ込むと、車百合や、四葉塩釜《よつばしおがま》や、岩枯梗や、ムカゴトラノオなどの高山植物が、ちらほら咲きはじめて、草むらの間には、石の切れ屑がときどき草鞋を噛む、殆んど登りつめた端は、雪が駭《おどろ》くべき漆黒色をして、黒い岩壁が流動したようである、それが例の焼岳の灰だと解ったが、咽喉《のど》が乾いて堪まらないので、上側を二、三寸掻き取って見ると、中からは綿のような白いのが、現われた、それを
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