から、馬車に乗った、馬車は埃で煙ッぽくなってる一本道を走る、この辺の農家によくある、平ったい屋根と、白い壁が、青々とした杜《もり》の中へ吸い込まれもせずに、熬《い》りつくような日の下で、かっきりと浮き上って見える、埃の路は、ぼくぼくして、見るからにかったるい、その上を日覆いを半分卸した馬車は、痩せて骨立った馬に引かれて、のろのろと歩むかとおもうと、急に憶い出したように、塵をパッパと蹴立てて駈け出す。
 眼の前には、雁木《がんぎ》の凹みのように、小さな峰が分れて、そこから日本アルプスの禿げた頭が、ぐいと出ている、雪の線が二筋三筋ほど、芒《すすき》に白い斑《ふ》が入ったように、細く刻まれて、荒ららかな膚に、美しい白紐を引き締めている。
 馬車は一里もある松林へ入ると松は左へ左へと、すくすくと影を土に落して、往来には、太くまたは細い飛白《かすり》が織られる、年々来るところであるが、ことしはその松林の一区域が、伐り取られて、切株ばかりの原には、芒がぼうぼうと生えている、褐色の蝶が風に吹かれ吹かれて、急にひろくなった原の上を、迷い気味に飛んで行く、林の半ばほどの路で、立場《たてば》茶屋に休む、渋
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