たく烈しい日の光に向って立っていたが、汽車と擦れ違いさまに、仆《たお》れそうになって、辛くも踏み止まった。原の中の小さい池には、雲母を流したような雲の影が、白く浮んで、水の底からも銀色をした雲が、むらむら湧いて来る、丹念に桑の葉に、杞杓《ひしゃく》の水をかけては、一杯一杯泥を洗い落している、共稼ぎらしい男女もある、穂高山と乗鞍岳は、窓から始終仰がれていたが、灰の主《ぬし》(焼岳)は、その中間に介《はさ》まって、しゃがんで[#「しゃがんで」に傍点]いるかして、汽車からは見えなかった。これらの山々から瞰下《みおろ》されて、乾き切っている桔梗ヶ原一帯は、黒水晶の葡萄がみのる野というよりも、橇《そり》でも挽かせて、砂と埃と灰の上を、駈けずって見たくなった。
松本市で汽車を下りたが、青々とした山で、方々を囲まれていて、雲がむくむくと、その上におい冠《か》ぶさっている、山の頂は濃厚な水蒸気の群れから、二、三尺も離れて、その間に冴えた空が、澄んだ水でも湛えたように、冷たい藍色をしている、そこから秋の風が、すいすいと吹き落して来そうである。
二
翌くる日、渚《なぎさ》というところ
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