《さわら》が細い枝を張り合っている、脂くさい空気を突ッついて、ミソサザイがしきりに啼く、岳川から石の谷を登る、水はちっともない、独活《うど》の花がところどころに白く咲いている、喬木はしんしんと両岸に立ちふさがって、空を狭くしているが、木の幹が斑《まだ》らに明るくなるので、晴れてるのだとおもう、どうかすると梢の頭から、水が飜《こぼ》れたように、ちらりと光って、鏡のような小さな空を振り仰がせる、草鞋《わらじ》の底が柔らかくプクプクするので、足の爪先に眼をおとすと、蒼い苔がむくんだ病人の顔のようにふくれて、石の厚蒲団が、暗いところでゴロゴロ寝ている。
樹は次第に稀れになって、空は頭の上にひろがってくる、根曲り竹も少しはあるが、白樺やナナカマドが幹も梢も痩せ細って、石の間に挟まっている、穂高から焼岳へとつづく間の、岳川岳の大尾根は、小槍の穂先のような岩石が尖り出て、波をうって西の空へと走っている、その下から大岩壁の一角が白くなだれをうって、怖ろしい「押し出し」となって、梓川の谷まで一と息に突き切っている。
森が尽きて、この岩石の「押し出し」へ足がかかった、眼の前には焼岳の傾斜をこえて、赤く
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