出来ている、そうして近頃の新火口らしい円い輪形から、貂《てん》の毛のような、褐色な房《ふ》っさりとした烟が、太く立ち上って、頂上から少し上の空を這って、風に吹き靡けられて、別に細い烟が一と筋、山の向う側から立って、頂を舐《な》めているが、その方の噴火口は、宿からは見えない。
山から眼を、宿の庭に移すと、それでも畑をこしらえて、葱《ねぎ》がすこしばかり作ってある、唐松の苗も、植えてある、庭男に聞くと、焼岳が今のように荒れ出さない前には、この谷でも、馬鈴薯や大豆ぐらい、作れたものだそうだが、今ではもう、まるッきり見込がないとのことだ、物干棹には浴衣《ゆかた》などが、干《かわ》かしてある、梓川を隔てて、対岸の霞沢岳の頂は、坊主頭や半禿げの頭を、いくつか振り立てて、白雲母花崗岩の大露出が、いつも雪のように白くなっている、それも胸から以下は、隙き間もないように青い木を鎧《よろ》っていて、麓には川楊の森林が、翠《みどり》の葉を、川のおもてに捌《さば》いている、梓川は温泉宿の前まで来るうちに、多くの沢水をあつめ、この辺から太くなって、水嵩も増し、悠《ゆ》ったりと彎曲して、流れているのであるが、宿か
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