なって、山から落ちた大石が池の中にはまり込んでいる、そうして水底から翡翠《ひすい》のような藻草や、海苔《のり》のようにベタベタした芹みたいな植物が、青く透き通って見える、その一ツの池からは、いつも湯の烟がほうほうと立って、鉄気《かなけ》で水が赤|錆《さ》びている、池の畔には川楊が行列をして、その間から、梓川の本流が、漫々と油のような水を湛えて、ぬるぬる流れている、この温泉は梓川の河原から湧いて出ると言って、いいくらいに、本流に近いのである。
 二階は手摺《てすり》つきで、廻り椽になっているので、西に向いた曲り角に来ると、焼岳がそっくり見える、朝早く起きたときには、活火山というよりも、水瓜《すいか》か何ぞの静物を観るように、冷たそうな水色の空に包まれて、ひっそりとしている、山の頂は、兜《かぶと》のような鈍円形をして、遠目ながらも森の枯木が何本となく、位牌のように白く立っているのが見える、木のないところは火口から吐き出す泥流がかぶさって、それが干からびて、南京豆の殻のような、がさがさとした、乾き切った色をしている、頭から肩と、温泉宿の方へズリ下りて、火口壁の聳えたところに、折り目がいくつか
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