調子の緑が浮ぶように出る、弱い調子の青が裏切って流れる、印象派の絵画に見るような色彩の凹凸が、鮮明に流動している、私はそれに見惚《みと》れていたが、ふと足許を見ると、大きな款冬《ふき》の濶葉のおもてが、方々に喰い取られたような、穴を明けられ、繊維が細かい網を織っている、そうしてその網の一本一本に、例の灰が白くこびりついている、このような自然の虐げの怖ろしさを、閑谷に封じて、焼岳は今もなお、山の奥の方で、燃えさかっていることであろう。
 谷は次第に浅くなって、河原は自分が突き出した古楊の根に、水を二筋に分け、二筋の流れは両岸の緑を※[#「酉+焦」、第4水準2−90−41]《ひた》し、空の色を映して、走って行く、日は錫のような冷たい光を放射して、雲は一団の白い炎になり、ぎらぎらと輝く、私たちは路を狭める籔《やぶ》を掻《か》き分けて行く、笹の葉から、蛾が足を縮めて、金剛杖の下にパタリと落ちた、それが灰のように軽かった。
 岩魚止《いわなど》めの破れ小舎に、一と休みして、いよいよ徳本《とくごう》峠にかかる、河原が急になって、款冬や羊歯が多くなり、水声が下から追っかけて来る、頭の上は、枯木が目立
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