、ひょッくり、あらわれる、嘉門次の愛犬「コゾー」もこの登山隊の一員として交っている。
 嘉門次が一行の案内を務めるのは、言うまでもない、雨でグッショリ濡れた青草や、仆《たお》れている朽木からは、人の嗅覚をそそるような古い匂いがして、噎《むせ》びそうだ、足が早いので、一丁も先になった嘉門次は、私を振り返って「他所《よそ》の人足は使いづらくて困る」とブツブツ言いながら、赤石の河原に出た。
 見上げる限り、花崗の岩壁が聳えて、その壁には白い卓子《テーブル》懸けのような雪が、幾反も垂れている、若緑の樺の木は、岩壁の麓から胸まで、擦り切れるようになった枝を張りつめて、その間から白雪が、細い斑《まだら》を引いている、この川は小舎のうしろへ流れ落ちるのだそうだ、水から飛び上った鶺鴒《せきれい》が、こっちを見ていたが、人が近づいたので、ついと飛ぶ、大石の上には水で描いた小さな足痕が、紋形をして、うす日に光っている。
 馬場平(宛字)というところへ来ると、南北の両側に、雪が築き上げられたように多くて、高さは一丈もあろう、それが表面は泥で帆木綿《ほもめん》のように黒くなっているが、その鍵裂きの穴からは、雪
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