紫になっている。案内者のも同じだ、私のもそうだという。なお一合ばかり登ると、変幻極まりない雲が、また出た、しかも夏雲のように、重々しく平板状に横《よこた》わらないで、垂直に高く突っ立ち上り、我が大火山の赤壁と、両々対立していたが、やがてこの灰色の浮動する壁は、海洋からの温暖なる軟風に吹かれて、斜に推し倒され蝕《むしく》ったように穴を生じて、その穴の底の方から、岩燕の啼く音が聞えた。
 初めて雪に触れたのは、七、八合目の間であった、殊に八合目の室だけは、どういうものか、半ば戸が開いて、中の水桶には厚氷が張り詰めている、誰かが捨てて行った手拭は、板のように硬くシャチ張っている。
 一同は杖に倚《よ》って、水涸れの富士川を瞰下《みおろ》しながら、しばらく息を吐く。

      四

 雪の厚さは二寸か三寸ばかり、屏風が浦という、硬い熔岩《ラヴア》の褶折が、骨高に自然の防風|牆《しょう》となっている陰には、風に吹き落されたものか、雪が最も多くて、峡流のように麓へ向って放射している、その重味で、黒沙の土が刳《え》ぐられたように凹んでいる、黒沙を穿つと、その下にも結晶した白いのが、燦《きら》りと
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