ように、蓬々としている。
 二合目で、今まで気が注《つ》かなかった山中湖が、半分ほど見えて来た、室は無論人はいないが、それでも明けッ放しになっている。なお登ると、二合二勺の室には水まで汲み込んだ樽が置いてあり、竈《かまど》の側には、薪が三把ほど転がっている、防寒具を整えて来なかったが、これで焚火《たきび》に事欠かないと解って、仮令《たとい》天候が悪くっても、泊る宿があるという気強さが、頓《にわか》に胸に溢れて来る。
 もう山を浸していた霧も、気温のために、方々から湯気のように蒸騰して、砂の息蒸《いきれ》の匂いが何処からともなくする、二合五勺に辿り着いた頃には、近くは勾玉《まがたま》状に光れる山中湖と、その湖畔の村落と、遠くは函根足柄を越えて、大磯平塚の海岸、江の島まで見えた。
 三合四合と登るほどに、黒砂は凝結したように、ポロポロと硬くなって、時に生れどころの解らない大霧が、斜面を這って、煙のように舞い立つこともあったが、五合へ来たときには、それも拭うように晴れて、北風が起り初めた、鳶が一羽、虚空に丸く輪を描いて山体の半分を悠揚と匝《め》ぐって、黒い点となって、遥かに消え失せた。
 頂
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