ク障るので、闇の中でも裾野を歩くという意識があるだけだ。町外れから、曲り拗《く》ねった路や、立木の暗い下を迂路《うろ》ついて、与平治茶屋まで来た。ここで水を飲もうとすると、犬が盛に吠える、「誰だあ、やい」戸の中から寝ぼけ声が聞える。勝又が名を言うと「山けえ」と老人らしい声がしたがそのまま寂《ひ》ッそりとする。「御馳走さまで」と、案内者は水の礼を述べて、いよいよ裾野の中へ入る。
白い吹雪が大原の中を、点々と飛ぶ、大きく畝《う》ねる波系が、白くざわざわと、金剛杖に掻き分けられて、裾に靡く、吹雪は野菊の花で、波系は芒《すすき》の穂である。悪い雲が低く傾いて、その欠け間から月を見せる、立木の腹が、夜光の菌でもあるように、ボーツと白く明るくなった。
知らぬ間に、爪先上りとなって、馬返しまで着くと思いがけなく村の男女が、四人ばかり籠をしょって、こっちを見ている。禁制の官林に潜り込んで、何か内密の稼ぎをするらしい。知ってる顔と見えて、案内者は薄明りに、二言三言挨拶をして行き過ぎる。
明け行く夜は、暁天の色を、足柄山脈の矢倉岳に見せて、赤蜻蛉《あかとんぼ》のような雲が、一筋二筋たなびく、野面は烟
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