時には、雪の白色を拭き消された夕暮になるのである。富士山を見ると、雪の真っ白なときには、頂上の八朶《はちだ》の芙蓉に譬《たと》えられた峰々がよく別る。山腹に眼をうつすと、あの雪の中で藍になって雪が消えたように見える所がある。あれは宝永の噴火口で、雪が実際は消えていないのであるが、火口壁の陰影で、藍色に見えるのである。少し近づいて見ると、その火口壁の雪は、反対に白紙でも貼りつけたように目立って見える。また方面によっては、二合目位から以下に、雪が及んでいないのは、それも実際雪がないからではなく、森林帯の黒木のために截《た》ち切られているからである。
 古い雪の上に新雪が加わると、その翌る朝などは、新雪が一段と光輝を放って眩《まば》ゆく見える。雪は古くなるほど、結晶形を失って、粒形に変化するもので、粒形になると、純白ではなくなる、また粒形にならないまでも、古い雪に白い輝きがなくなるのは、一部は空気を含むことが少ないからで、一部は鉱物の分子だの、塵芥泥土だのが加わって、黄色、灰色、または鳶色に変ってしまうからだ。殊に日本北アルプスの飛騨山脈南部などでは、硫黄岳という活火山の降灰のために、雪のお
前へ 次へ
全28ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング