、木々の裾から纏繞《まといつ》いて翠《みどり》の葉を母木の胸に翳《かざ》し、いつまでもここにいてと言わぬばかりに取り縋っている。
 夕暮になると、件《くだん》の松蘿や、蔓は大蜘蛛の巣に化けて、おだまきの糸の中に、自分たちを葬るに違いない。

     四

 その夜は、上高地温泉に泊った、六年前に来たときは、温泉は川の縁に湧いていて八十年前とかに建てた、破れ小舎があるばかり、落葉は沈む、蛇の脱殻が屋根からブラ下る、猟士ですら、浴を澡《と》らなかったものだが、今は立派な温泉宿が出来た、それにしても客の来るのは、夏から秋だけで、冬は雪が二尺もつもる、風が勁《つよ》くて、山々谷々から吹き※[#「風+陽のつくり」、第3水準1−94−7、157−3]《あ》げ、吹き下すので、砂丘のようなものが方々に出来る、温泉の人々は宿を閉し、番人一人残して里へ下りてしまうそうである、宿は二階建ての、壁も塗らない白木造りで、天椽《てんじょう》もない、未だ新しくて木の匂いがする、これで室《へや》が分けてなかったら、神楽堂だ。
 何という茸か知らぬが、饅頭笠の大きさほどのを採って来て、三度の飯に味噌汁として出されたの
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