ぎの若い男を伴っている)だけが確に現在[#「現在」に白丸傍点]である、我らは詛《のろ》われているのではないかとおもう、不安を感じないわけにはゆかない、見よ、緑の一色を除いて、生けるものの影とては、何もない、禽《とり》も啼かないから肉声も聴かない。
白芥子《しろけし》の花のような日光がちらり落ちる、飛白《かすり》を水のおもてに織る、岩魚が寂莫を破って飛ぶ、それも瞬時で、青貝摺の水平面にかえる、水面から底まではおそらく、二、三尺位の深さであろうが、穂高岳を畳んで、延ばしたり、縮めたり、自在にする、水の底に白く透いて見えるのは、石英が沈んでいるのだ。
二ノ池の方に廻る、池には石が座榻《ざとう》のように不規則に、水面に点じている、岸には淡紅の石楠花《しゃくなげ》が水に匂う、蛇紋が掻き破られて、また岩魚が飛ぶ、石楠花の雫を吸っている魚だから、腸《はらわた》まで芳芬《におい》に染まっていないかとおもう。
三ノ池は一ノ他の半分ほどしかないが、木が茂って松蘿《さるのおがせ》が、どの枝からも腐った錨綱《いかりづな》のようにぶら下っている、こればかりではない、葛、山紫藤《やまふじ》、山葡萄などの蔓は
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