いう、笹を分けると宮川の池。
 明神岳の名を負うている穂高岳の下にあるから、明神の池ともいう、一ノ池、二ノ池、三ノ池と、三つの明珠をつないでいる、一ノ池から順に上の池、中の池、下の池とも言う、一ノ池が一番大きくて、二ノ池がこれに次ぐ。
 青色光の強い水が、濃厚に嵩《かさ》を持って、延板《のべいた》のように平たく澄んでいる、大岳の影が万斤の重さで圧《お》す、あまり静《しずか》で、心臓《ハート》形の桔梗の大弁を、象嵌《ぞうがん》したようだ、圧すほど水はいよいよ静まりかえって爪ほどの凸面も立てない、山が厳格な沈黙を保てば、水も粛然として唇を結んでいる、千年も万年も、この山とこの池とは二重に反対した暗示を有《も》った容貌《かたち》を上下に向け合っている、春の雪が解けて、池に小波立つときだけ艶《あで》やかに莞爾《にっこり》する、秋の葉が髪の毛の脱けるように落ち出すともう真面目になる、なお見惚《みと》れる。
 この狭い谷の中の小さい池は、我らの全宇宙である、過去の空間に立つ山と、未来に向って走る川との間に介《はさ》まって、池は永《とこし》えに無言でいる、自分たち二人(自分は嚮導《きょうどう》兼荷担
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