の猟師に訊ねる、旦那、ありゃ飛騨の御大名の墳《はか》で、と右の一伍一什《ふしぶし》をうろ覚えのままに話す、役人は、そんな由緒《いわれ》のあるものと知ったら、何とか方法《やりかた》もあったものをと口惜しそうな顔をした。林道開拓のため、途に当った古墳は、破毀《はき》されたのである。もう今ごろは石の砕片《きれっぱし》、一ツなかろう、仮令《よし》あってもそれが墳墓であったことを、姉小路卿なる国司の在りし世を忍ばせる石であったことを、誰が知ろう、月の世界に空気なく、日本アルプスに人間もなければ、時代もないと思っていた自分は、この悲壮な、クラシックな話に、どんなに動かされたであろう、事業が消えて名が残る、名が消えて石が残る、せめて石さえ存在すれば「誰か」の「何か」であるぐらいな手繰りにはなる、人の唇より酬《むく》われた語《ことば》に曰く、「こんな邪魔なもの抛《ほう》り出せ」これで一切の結末がついた、時代は天正から明治まで垂直に下る、雲の中から覗いている万山は、例の如く冷たい。
 嘉門次が帰りそうにもないので、小舎から二、三町も行く、鳥居があって四尺ばかりの祠《ほこら》を見せる、穂高神社の奥の院だと
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