め、路銀を奪って去った、ややありて姫は縛を解き、鏡を木の枝にかけていうことに、鏡は女子の魂ぞ、一念宿りてつらかりし人々に思いをかえさでやと、谷底に躍り入って水屑《みくず》となる、かの杣人途にて姫の衣も剥ぐべかりけりとほくそえみて木の下に戻れば、姫はあらで鏡のみ懸かれる、男ふと見れば、鏡のおもてに冷艶雪の顔《かんばせ》して、恨の眼《まなこ》星の如く、はったと睨むに、男|頓《とみ》に死んでけり、病める夫人は谷間へ下り立ち、糧にとて携えたる梨の実を土にうずめ、一念木となりて臨終の土に生いなむ、わが夫《つま》の御運ひらかずば、永《とこし》えに美《うま》き果《み》を結ぶことなかるべしと、終《つい》に敢えなくなりたまう、その梨の木は、亭々として今も谿間にあれど、果は皮が厚く、渋くて喰われたものでない、秀綱卿の怨念《おんねん》この世に残って、仇《あだ》をした族《やから》は皆癩病になって悶《もが》き死《じに》に死んだため、島々には今も姫の宮だの、梨の木だのと、遺跡を祀ってあるという。
囲炉裏に榾《ほた》をさしくべ、岩魚の串刺にしたやつを炙《あぶ》りながら、山林吏が、さっき捨てた土饅頭は何だね、と案内
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