だと思います。本日はこの二つの句を契機《きっかけ》といたしまして、いささか『心経』の心を味わってゆきたいと思います。
さて、お経の本文は、
「是《こ》の故に、空の中には色もなく、受、想、行、識もなく、眼、耳、鼻、舌、身、意もなく、色、声、香、味、触、法もなく、眼界もなく、乃至《ないし》、意識界もなし」
というのであります。この一節は、仏教の世界観[#「仏教の世界観」は太字]を物語る「三|科《が》の法門」すなわち「蘊」「処」「界」の三種の方面から、「一切は空なり」ということを、反覆《くりかえ》して説いたものであります。ところで、まず「蘊」ということですが、いうまでもなく蘊とは五蘊のことです。もっとも、この五蘊のことは、すでにたびたび申し上げた通り、私たち(我)をはじめ、私たちの世界(我所)を構成している五つの元素です。すなわち眼に見、耳に聞き、鼻に嗅《か》ぎ、舌に味わい、身に触れることのできる一切の客観の世界は、ことごとくこの「色」の中に摂《おさ》まるのです。次に五蘊の中の「受」「想」「行」「識」の四は、意識《こころ》の作用で、すべて主観に属するものです。しかも、主観の主観[#「主観
前へ
次へ
全262ページ中85ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高神 覚昇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング