。私以外に、誰がこの私の仕事をやってくれるものがありましょう? だから、私どもは、なにも他人の仕事を羨《うらや》む必要はないのです。他人は他人です。私は私の|本分[#「私は私の|本分」は太字]《つとめ》を尽くす[#「を尽くす」は太字]うちに、満足を見出してゆくべきです。したがって、私たちは、決して自分《おのれ》の使命を他人に誇るべきではありません。靴屋《くつや》が靴を作り、桶屋《おけや》が桶を作るように、黙って自分の仕事を、忠実にやってゆけばよいのです。だが、私どもの人生の旅路は、坦々《たんたん》たるアスファルトの鋪道ではありません。山あり、川あり、谷あり、沼ありです。
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越えなばと思いし峯に来てみればなおゆくさきは山路なりけり
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です。「人間万事|塞翁[#「人間万事|塞翁」は太字]《さいおう》が馬[#「が馬」は太字]」です。よいことがあったかと思うと、その蔭《かげ》にはもう不幸が忍び寄っているのです。落胆の沼に陥り、絶望の城に捕虜《とりこ》になったかと思うと、いつの間にやら、また享楽の都を通る旅人になっているのです。いたずらに悲観す
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