》いは煩悩《ぼんのう》より発《おこ》り、菩薩の疾いは大悲より発《おこ》る」という言葉がありますが、いったい私ども人間には身体の疾いもあれば、こころの疾いもあります。身病と心病[#「身病と心病」に傍点]です。ところで、身体の病に、外科と内科があるように、心の病にもまた外科もあり、内科もありましょう。
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身から出た錆《さび》で衣が赤くなり
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というのは外科的な病気です。しかし、内面的な心の病気は、まだそこまでゆかないのです。まだお巡《まわ》りさんや、刑務所のごやっかいにならずともよいのです。宗教家や教育家の力でどうともする事ができるのです。
身の病と心の病[#「身の病と心の病」は太字] いったい人間というものは、たいへん身勝手なもので、身体の病気はたいへん気にいたしますが、心の病気はあまり気にしないのです。たしか『孟子《もうし》』だったと思いますが、こんなことが出ています。
「自分の指が、五本のうちで、一本でも曲がって自由が利《き》かないと、誰でもすぐに千里の道を遠しとせずして、治療に出かける。しかし、かりに心が曲がっていても、いっこう
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