のお老爺《じい》さんに、「あなたのお歳《とし》は?」と尋ねたところ、老人は「阿弥陀《あみだ》さまと同じ歳です」と答えたので、さらに「では、阿弥陀さまのお歳は?」と、問うたところ、老人は即座に「私とおなじ歳だ」といったという話がありますが、非常に面白いと思います。無限の生命(無量寿)、不死の生命をもった方が、阿弥陀さまです。だから阿弥陀さまと一つになれば、無限の生命を得たことになるのです。したがって、「立往生」とか、とうとう降参して「往生」したなどというのは、要するに、往生に対する認識不足といわねばなりません。ところで『心経』に書いてある「究竟涅槃」とは、どんな意味かというと、それは「|無住処涅槃[#「無住処涅槃」は太字]《むじゅうしょねはん》」という涅槃《さとり》です。「無住処」とは、住処すなわち住する処《ところ》なき涅槃という意味で、他の語でいえば「生死《まよい》に住せず、涅槃《さとり》に住せず」という意味がこの「究竟涅槃」です。
「菩薩は智慧を以ての故に、生死《しょうじ》に住《じゅう》せず、慈悲を以ての故に、涅槃《ねはん》に住せず」
といっておりますが、これはたしかに味わうべき語
前へ
次へ
全262ページ中188ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高神 覚昇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング