ど申し述べました、あの「布施《ふせ》」です。梵語でいえば、ダーナで、あの檀那《だんな》さま、といった時のその「|檀那[#「檀那」は太字]《だんな》」です。だからお寺の信者のことを「檀家《だんか》」といいます。財物をお寺に上げるからです。これに対して、檀家からはお寺のことを「檀那寺《だんなでら》」といいます。「法施」といって、「法を施す」からです。したがって、財物を上げぬ信者は「檀家」ではなく、法を施さぬ寺は「檀那寺」ではないわけです。
顛倒の世界[#「顛倒の世界」は太字] 次に、「顛倒夢想《てんどうむそう》を遠離《おんり》して、究竟涅槃《くきょうねはん》す」ということですが、普通には、ここに「一切」という字があります。「一|切《さい》顛倒《てんどう》」といっています。ところで「顛倒」とは「すべてのものをさかさまに見る」ことです。無い物を、あるように見るのは顛倒[#「顛倒」に傍点]です。たとえば水はこんなもの、空気はこんなものと局限して、全く性質の違ったものと思うことは、つまり顛倒です。水は温度を加えると、蒸発してガス体の蒸気になります。その蒸気を冷却さすか、または強い圧力を加えると、
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