、人となれ人、人となせ人」で、人間は多いが、しかしほんとうに目醒めた人はきわめて少ないのです。全く人ぞなきです。その昔、ソクラテスがアテネの町の十字街頭に立って、まっ昼間、ランプをつけて、何かしきりに探《さが》しものをしていました。傍《そば》を通った門人が、
「先生、何を探しているんですか。何か落としものでも?」
 と、尋ねたのです。ソクラテスは門人にいいました。
「人[#「人」に傍点]をさがして[#「人[#「人」に傍点]をさがして」は太字]いるのじゃ」
「人って、そこらあたりをたくさん通っているじゃアありませんか」
 と再《かさ》ねて訊《たず》ねますと、哲人は平然と、
「ありゃ皆人じゃない」
 といい放ったという話ですが、真偽はともかく、ソクラテスとしてはありそうな話です。ほんとうに「人多き人の中にも人ぞなき」です。だから私どもはその求められる人に自らならねばならぬと同時に、また他人を人にせねばならぬのです。教育の理想は「人を作ることだ」と聞いていますが、仏教の目的も、やはり人を作ることです。しかし、仏教でいう人は、決して立身出世を目的としているような人ではないのです。俸給《ほうきゅ
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