」は太字]、食物の問題、胃袋の問題が、きわめて重要な意味をもってきます。まことに無理もありません。だから今日では個人的にも、社会的にも、国際的にも、すべては、「損得」、「利害」といったような、打算的な考えで、動いているようです。一文でも「損」をせぬように、一文でも「得」をするように、損にも得にもならぬものには、なるべく手を出さぬように、関係しないように、というふうです。それが現代的なものの考え方のようです。だが、それで果たしてよいものでしょうか。「引き合わぬ」「勘定にあわぬ」というような損得の考え[#「損得の考え」は太字]だけで、人間は暮らせるものでしょうか。中国人は金《かね》に汚《きたな》いというが、日本人は汚くないでしょうか。経済の問題、もちろん必要です。この地上に、人間の生活が営まれるかぎり、私どもは、とうてい「経済」上の利害得失と無関心にはおられません。しかしです。経済が、決して生活の全部とは申されません。経済だけで、ほんとうに経済だけで、世の中のすべてが生きているのではありません。なるほど「人間は食う動物なり[#「人間は食う動物なり」は太字]」ということは事実でしょう。しかし
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