《ほうじょうやすとき》に「あるべきようは」の七字を書き与えて、天下の政権を握るものの警策《いましめ》とせよと、いわれたというその話と思い比べて、そこに無限の甚深《じんしん》なる意味を見出すものであります。
 一滴の水[#「一滴の水」は太字] まことに「因縁」を知ったものは、つねに「あるもの」を「あるべきように」生かすものです。一滴の水も[#「一滴の水も」に傍点]、一枚の紙も[#「一枚の紙も」に傍点]、用いようによっては、実際大いに役に立つものです。だから、自然どこにも、無駄《むだ》はないわけです。役に立たぬものはないわけです。
 私の書斎には、死んだ父の遺物《かたみ》の一幅があります。それは紫野大徳寺の宙宝の書いた「松風十二時[#「松風十二時」は太字]」という茶がけの一行ものです。句も好《よ》いし、字もすてきによいので、始終私はこれをかけて、父を偲《しの》びつつ愉《たの》しんでいます。「質問に答えて曰《いわ》く、神秘なり」で、ちょっとこの意味を簡単に説明し難《がた》いのですが、いったい茶道[#「茶道」に傍点]には無駄はないのです。身辺のあらゆるもの、自然のあるがままの姿を、あるがままに
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