ついて帰りかけた若い夫が鍬を肩から下《お》ろして、その上に手をのせて、静かにジット首をうなだれています。画の正面は一つの地平線、もう夕靄《ゆうもや》がせまっています。畑の様子はよくわからないが、右寄りの方には、お寺の屋根の頂が見えています。それが夕日《にしび》をうけて金色に輝いています。黄昏《たそがれ》をつげるアンゼラスの鐘が夕靄に溶けこんで流れてくるのです。なんともいえない感謝の心に溢《あふ》れながら、法悦の満足を、両手に組み合わせて、向かい合って立っている年若き夫婦の姿。あのミレーの「晩鐘」を見る時、私どもはクリスチャンでなくても、そこになんともいえない敬虔《けいけん》な気分に打たれるのです。鐘の響きこそ、まことに言葉以上のことばです。
八つの道[#「八つの道」は太字] 次に第四の真理は「道諦《どうたい》」です。道諦とは、「涅槃《さとり》」の世界へ行く道です。「滅諦」に至る方法です。苦を滅する道、心の苦をとり除く方法です。ところで、釈尊はこの「涅槃《さとり》」の世界へ行く方法に、八つの道があると説いています。八|正道《しょうどう》というのがそれです。正道とは正しい道です。偏《かた
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