ば、謀《はか》ることあれど、『的面の今[#「的面の今」に傍点]』を失うに心つかず」
 まことに一大事とは、今日只今の心です。その心をほかにして、ほんとうに生きる道はないのです。有名な山鹿素行《やまがそこう》はまたわれらにこんな言葉をのこしています。
「大丈夫ただ今日一日を以て極とすべきなり。一日を積んで一月に至り、一月を積んで一年に至り、一年を積んで十年とす。十年相|累《かさな》りて百年たり。一日なお遠し、一時にあり。一時なお長し、一刻にあり。一刻なおあまれり、一分にあり。ここを以っていう時は千万歳のつもりも、一分より出で、一日に究《きわ》まれり」
 ほんとうに考えさせられることばです。「いうことなかれ、今日学ばずして、来日[#「来日」に傍点]ありと」です。「いうこと勿れ、今年学ばずして、来年ありと」です。「日月逝きぬ。歳月われを待たず」です。「鳴呼《ああ》、老いぬ」と歎じてみたとて、「これ誰のあやまちぞや」です。くり返していう。一大事とは、実に今日只今の心です。今日只今の心こそ、まさしく一大事です。ゆえに、今日をただ今日としてみる人は、真に今日を知らざる人です。今日の一日を「永遠なる
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