かにこれは真理のことばです。
まことに無窓国師のいわれる通り、仏の言葉には、嘘がないから、仏は長寿《ながいき》の人です。不死の人です。いわゆる無限の生命を保てる、無量寿《むりょうじゅ》であるわけです。次に|陀羅尼[#「陀羅尼」は太字]《だらに》という|語[#「という|語」は太字]《ことば》ですが、これもまた梵語で、翻訳すれば「惣持《そうじ》」、総《す》べてを持つということで、あの鶴見《つるみ》の惣持寺《そうじじ》の惣持[#「惣持」に傍点]です。で、陀羅尼とは、つまりあらゆる経典《おきょう》のエッセンスで、一字に無量の義を総《す》べ、一切の功徳《くどく》をことごとく持っているという意味です。世間の売薬に「|陀羅助[#「陀羅助」は太字]《だらすけ》」というにがい薬があります。これはたいへん古い薬で、私ども子供のころ、腹痛の時には、よくこの薬を服《の》まされたものですが、これはくわしくはダラニスケ(陀羅尼助)で、この薬は万病によく利《き》くという所から、梵語の陀羅尼を、そのままそっくり「薬の名」としたのだろうと思います。ただし、陀羅尼助の助が、どんな意味であるか、私にはわかりませんが、おそらくこの薬をのめば助かる、という意味でつけたものだろうと思います。要するに、厳密にいえばマントラとダラニとは、多少意味が異なっていますが、結局は、真言[#「真言」に傍点]も陀羅尼[#「陀羅尼」に傍点]も呪[#「呪」に傍点]ということも、だいたい同じでありまして、神聖なる仏の言葉、その言葉の中には、実に無量の功徳が含まれているというのであります。仏教特に真言密教では、非常にこの呪を尊重していますが、いったい真言宗という宗旨は、法身《ほとけ》の真言《ことば》に基礎をおいているので、日本の密教のことを、真言宗というのです。弘法大師は、「真言は不思議なり。観誦すれば無明を除く。一字に千理を含み[#「一字に千理を含み」に傍点]、即身に法如を証す」(秘鍵《ひけん》)といっておられますが、これによって呪の意味をご理解願いたいと存じます。ところで、この「呪」についてこんな話があります。それはちょっと聞くと、いかにも、陳腐《ちんぷ》な話ですが、味わってみるとなかなかふかい味のある話です。
阿弥陀さまは留守[#「阿弥陀さまは留守」は太字] ある日のことです。有名な白隠禅師がお寺で提唱していたときのこと、その聴衆の中に、一人の念仏信者のお爺《じい》さんがありました。禅師の話を聞きつつ、しきりに小声で、お念仏を唱えていました。禅師は提唱を終わってから、その老人を自分の居間に呼んで、試みに念仏の功徳を尋ねてみたのです。
「いったいお念仏はなんの呪《まじな》いになるか」
と問うたのです。その時に老人の答えが面白いのです。
「禅師、これは凡夫《ぼんぷ》が如来《ほとけ》になる呪《まじな》いです」
というのです。そこで白隠は、
「その呪いはいったい誰が作られたか、阿弥陀《あみだ》さまはどこにおられる仏さまか。いまでも阿弥陀さまは極楽にござるかの」
といって、いろいろと念仏信者の老人を試《ため》したのです。すると老人の答えが実に振るっているのです。
「禅師さま、阿弥陀さまは、いまお留守です」
と、こういったのです。阿弥陀さまはいま極楽にいないという答えです。留守だという不思議な答えを聞いた白隠は、さらに、
「しからばどこへ行ってござるか」
と追及しました。その時老人は、
「衆生済度《しゅじょうさいど》のために、諸国を行脚《あんぎゃ》せられています」
と答えました。そこで禅師は、
「では今ごろはどこまで来てござるか」
と尋ねた時に、その老人は静かにこういいました。
「禅師さま、阿弥陀さまは、ただ今ここにおいでです」
といって、老人はおもむろに自分の胸に手をあてたのでした。これにはさすがの白隠もスッカリ感心したという話が伝わっています。果たしてこれが、事実であったかどうか、詮索《せんさく》の余地もありましょうが、自力教の極端である禅宗と、他力教の極端である真宗とは、たといその説明方法においてこそ、異なりはあっても、結局はいずれも大乗仏教である以上、
「仏[#「仏」は太字]、我れにあり[#「我れにあり」は太字]」
という安心においては、なんの異なりもないのです。
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南無《なむ》といえば阿弥陀来にけり一つ身をわれとやいわん仏とやいわん
[#ここで字下げ終わり]
です。念仏によるか、坐禅《ざぜん》によるか、信心《しんじん》によるか、公案(坐禅)によるか、その行く道程《みち》は違っていても、到着すべきゴールは一つです。
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|宗論[#「宗論」は太字]《しゅうろん》はどちら負けても|釈迦[#「はどちら負けても|釈迦」は太字]《
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