ゐると、親分の妻が宇野さんの背後にぴたりと坐つて、つまり親分と向ひ合ひさ。
私は親分の横の坐敷の障子に穴をあけてそこから一生懸命覗いてゐる。そして将棋が難しくなつて親分が考え込むと、ツケギツパ、ほら昔マツチのかはりに使つたあれさ、あれに五六歩なり五八飛なりと書いて女中に渡すんだ。
すると女中がまた妻君に手渡すと、妻君は宇野さんの背後に大丸髷の脇にそのツケギをひよいと出すんだ。この方法はようやつたもんで、俗にツケギと私達仲間では言つてゐた。普通なら気が付くんだらうが、対局中は誰れでも熱くなつてゐるから案外気が付かないんだネ。
もつとも女中が一人では判つてしまふので二三人そばに置きかはり番に坐を立たせたもんだが、おかしかつたのはその時私が風邪をひいてゐた。で、咳が出て仕方がないんだが、私が咳をすると相手にあやしまれてしまう。
黒飴をもらつてそれを舐めてゐたが、そんな時に限つて余計に咳が出るもんで、我慢出来ずに私が咳をすると、妻君や女中達が、相手に気付れない様に、後からゴホンゴホン、やるんだ。すると宇野さんは駒を握り乍ら、
「大分風邪が流行つてゐるな」
とすましてゐる。おかしくても
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