笑ふことが出来ずあんな苦しかつたことはないよ。

 何か二人の失敗談だつて。
 それはあるさ、しかし失敗談は他人にも話せず、また女房にも話せない様なものばかりだ。さうさな、罪のない失敗談といふと、本因坊と私と外に二人ほど、同勢四人で下総の古河に遊びに行つたことがあつた。
 たぶん桃見に行つたかと思ふんだが、その時一杯やる積りで上りこんだ家が、田舎によくあるだるま茶屋といふ奴さ。茨城県は遊廓がなかつたと思ふんだが。そのせゑか田舎の小料理屋には、大抵だるまといふ酌婦を置いてあるんだ。
 その家も酌婦が五六人ゐてネ、その中にひとり三十五六の大年増がゐたんだよ。それが水が垂れる様な濡羽色の大丸髷、なかなか色ツぽい女なのだ。
 私達も酒がだんだんまはつてくるし、するとその女が盛んに本因坊に秋波を送るんだ。本因坊も悪い気はせず、さしつさゝれつして呑んでゐると、私のそばにゐた女が私にちよつとゝ耳うちするんだ。
「何だツ!」
 と言ふと、袖をひくんで部屋の外に出てみると、女はいきなり、
「彼の大年増を何だと思ふ?」
 と言ふんだ。
「何だつて、女だらう、まさか化物ぢやないだらう」
 と言ふと、
「いえ
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