明く寒くする。寒さが追々に加はつて、十二月の末になると、湖水が全く結氷するのである。
 湖水といふても、海面から二千五百尺の高所にあるのであるから、そろそろ筑波山あたりの高さに届くであらう。湖水よりも猶《なお》高い丘上の村落は厳冬の寒さが非常である。朝、戸外に出れば、鬚《ひげ》の凍るのは勿論《もちろん》であるが、時によると、上下|睫毛《まつげ》の凍著を覚えることすらある。斯様《かよう》な時は、顔の皮膚面に響き且つ裂くるが如き寒さを感ずる。
 信濃南部の松本地方、諏訪地方、伊那木曾地方は、冬に入つて多く快晴がつづく。雪が少く、空気が乾いて、空に透明に過ぎるほどの碧さを湛《たた》へる。皮膚に響くが如き寒さを感ずるのは、空気が乾いてゐるためである。殊に、諏訪地方は、信濃の他の諸地方に比して更に高所にあるから、寒さの響き方がひどいのである。寒さを形容するに響くといふ如き詞を用ひ得るは、空気の乾燥する高地に限るであらう。南信濃、殊に私の住んでゐる諏訪地方などには、この詞が尤《もつと》もよく当て嵌《は》まるのである。
 この頃になると、湖水の氷は、一尺から二尺近くの厚さに達することがある。それ程の
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