むなり、僕はロック氏液の加温を始め、電気心働計の用意を終り、それから、この手紙を書きにかゝったのだ。モルヒネを嚥《の》んでから、彼女はうれしそうに、僕の準備する姿を見て居たが、この手紙を書きにかゝる頃、遂に眠りに陥ちた。何という美しい死に方だろう。今彼女は軽い息をして居るが、もう二度と彼女の声を聞くことが出来ぬかと思うと、手紙書く手が頻《しき》りに顫える。僕は定めし、取りとめのないことを書いたであろうが、今それを読み返して居る暇がない。僕はこれから、彼女の心臓を切り出さねばならないから。

 四十分かゝった。やっと今彼女の心臓を切り出して箱の中に結びつけ、ロック氏液をとおしつゝあるのだ。手術の際、彼女の心臓はなお搏動を続けて居た。これは彼女の生前の希望に従ったのである。彼女は恋愛曲線を完全ならしめるために、心臓のまだ動いて居るときに切り出してくれと希望したのだ。メスを当てるとき、若しや彼女が、眼を覚しはしないかと思ったが、心臓を切り出されるまで、彼女は安らかな眠りを続けて居た。いまもまだ軽く息をして居るのではないかと思われる程だ。電燈の光に照された彼女の死の姿は、たゞ/\美しいというよ
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