さる強さが世にあろうか。僕はその女の決心をきいて僕の失恋の度のむしろ弱かったことを恥じた。僕はその女のために非常に勇気づけられた。そうして今夜その女に直接逢って、彼女の決心をきゝ、僕の胸中を述べると女は、喜んで死に就《つ》くから、是非、心臓を切り出して、僕の血液をとおし、出来た曲線を記念として君の許に送ってくれといってやまない。そこで僕も決心して、愈《いよい》よ恋愛曲線の製造に取かゝろうとしたのだ。
 君! 僕は今この手紙を、研究室の電気心働計の側に置かれた机の上で認《したゝ》めつゝあるのだ。まさか生理学研究室で、深夜恋愛曲線の製造が行われようと思うものはあるまいから、誰にも妨げられずに計画を遂行することが出来るのだ。夜は森閑として更けて行く。実験用に飼ってある犬が、庭の一隅で先刻《さっき》二声三声吠えた後は、冬近い夜の風が、研究室のガラス窓にかすかな音を立てゝ居るだけだ。僕に心臓を提供した女は、今、僕の足許に深い眠に陥って居る。先刻《さっき》、僕が恋愛曲線製造の順序と計画を語り終ると、彼女は喜び勇んで、多量のモルヒネを嚥《の》んだのだ。彼女は再び生き返らない。彼女がモルヒネを嚥《の》
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