でも、僕のこの手紙を終りまで読んでくれるであろうと堅く信じて居る。だから僕は、御迷惑|序《ついで》に、恋愛曲線の何ものであるかということを十分説明して置きたいと思うのだ。一口に言えば、恋愛の極致を曲線として表現したものであるが、開闢以来誰にも試みられなかったであろう贈り物の由来を物語って置かぬということは、君も物足らなかろうし、僕も頗《すこぶ》る心残りがするから煩雑ながら、我慢して読んでくれたまえ。
この恋愛曲線の由来を最も明暸に理解して貰うためには、先ず一通り、君の結婚に対する僕の心持を述べて置かねばならぬ。君を最後に見てから約半ヶ年、その間、絶えて音沙汰をしなかった僕が、突然、君に、世にも珍しいこの贈物をするに就ては、何か深い理由《わけ》があるだろうと、早くも君は察するであろう。いや、聡明な君は、一歩進んで、その理由が何であるかをも或は知り抜いて居るであろう。
君の所謂《いわゆる》「冷たい血しか流れて居らぬ」僕が恋の敗北者であるということを、君は百も承知の筈である。だから、僕に対して恋の勝利者である君は、僕の贈り物が、一面に於て如何に悲しい思い出をもって充《みた》されて居るかをも十分認めてくれるであろう。尤も君は多くの女に失恋させた経験こそあれ自身には失恋の痛苦を味わったことがなかろうから、或は同情心を起してくれぬかもしれない。全く君は女に対して不思議な力を持った男である。君の眼から見たら、たった一人の女を奪われて、失恋の淵に沈む僕のような男の存在はむしろ奇怪に思われるであろう。然し、何と思われたってかまわない。僕はやっぱり君のその不思議な力がうらやましくてならぬ。殊《こと》に君の金力に至っては、羨ましいのを通り越してうらめしい。その金力の前に、先ず雪江さんの両親が額《ぬか》ずき、ついで雪江さんも額ずくことを余儀なくされたのだ。……いや、こういう言葉を使うのは如何にも僕が君に対して恐しい敵意を持って居るかのように見えるかもしれぬが、僕は元来意志の弱い人間で、人に敵意を持てないのだ。若し真に敵意を持って居るならば、こうした贈り物はしない筈である。君に対して頗《すこぶ》る礼を失するかも知れぬが、現になお雪江さんに対して、強い愛着の念を持って居る僕が、雪江さんの良人となる君に、どうして敵意を挟《さしはさ》むことが出来よう。僕は、この手紙を書き乍《なが》らもやはり君
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